不正競争防止法でもパートナー
弁理士 河野登夫
(「二弁フロンティア」2003年4月号に掲載)

2001年1月施行の新弁理士法においては、弁理士の業務に、不正競争防止法に係る訴訟で補佐人として陳述、尋問をすること、が加えられた。弁理士の約8割は自然科学系の学科の履修歴を有している。その知識は特許侵害訴訟のみならず、不正競争防止法、さらにはコンピュータ技術が関連する著作権法での訴訟にも有益である。弁理士はこうした分野で弁護士のよきパートナーとして働きたいと考えている。


 技術的ノウハウは弁理士におまかせ
 図1,2,3を見て欲しい。金型の製作図面から抜き出した記号である。これらの記号が何を意味するかを理解することはさほど難しいことではない。しかしこれらを訴訟における証拠として有効となるように読み解くことは決して簡単なことではない。本稿で紹介する不正競争防止法事件では、弁理士がこれらの記号の陰に隠れたヒミツを引き出し、これが、損害賠償額数億円の勝訴の一因になったのである。
 二弁の会員諸氏の大方にとって弁理士とは特許、商標などの特許庁への申請業務をしている者との認識であろう。そして一握りの方が工業所有権(特許権・実用新案権・意匠権・商標権を指す。昨今は産業財産権ともいう)の侵害訴訟におけるパートナーとしての認識を持たれていると思われる。特許の係争事件は弁理士から弁護士に持ち込まれることが多く、このような場合、弁理士は補佐人として弁護士と共に事件に関与する。顧客から弁護士に直接持ち込まれた特許事件の場合も弁理士を補佐人に選任される事が多いであろう。
 それでは不正競争防止法事件が会員諸氏に持ち込まれた場合はどうであろうか? 2条1項3号関連の事件(いわゆるデッドコピー関連の事件)が弁理士経由で依頼される場合が多いと思われる。
 しかし、多くの場合、(技術が関与するとしても)弁理士をパートナーとして考慮されないのではないかと思われる。それは特許事件のように特許庁に対する手続きの面での知識を必要とする訳でもないし、対抗策としての特許無効審判のようなことも関係しないからであろう。技術の理解に困難を伴うこともさほどあるとは考えられない。
 2001年1月施行の新弁理士法第5条では「特定不正競争に関する事項について、裁判所において、補佐人として、当事者又は訴訟代理人と共に出頭し、陳述又は尋問をすることができる。」とされた。ここに「特定不正競争」とは、不正競争防止法第2条第1項に規定する不正競争のうち第1〜9号までに挙げるもの(但し、第4〜9号にあっては技術上の秘密に限る)をさす。つまり、弁理士は営業秘密の内、技術的ノウハウについての訴訟に補佐人として関与できることが規定されたのである。念のために述べれば旧弁理士法は特許・実用新案・意匠・商標・特許協力条約による国際出願に関する事件に関しての陳述のみが認められていた。改正法ではこれらと前述の特定不正競争と、回路配置(半導体集積回路の回路配置に関する法律に規定するもの)とにつき、陳述だけではなく、尋問をも認めたのである。以下に紹介するのは弁理士法改正以前に不正競争防止法の事件で弁理士が補佐人を務めた事件である。

 事件の概要
 X社の役員であったPがX社を退職してQ社を設立した。その後、X社の従業員の内数十名が五月雨式にX社を退社し、Q社に移った。X社、Q社共に半導体装置の自動封止機械を製造販売する会社であり、業務上の競争関係になった。
 X社は、自動封止機械の納入先から改造を依頼された成型用金型(自動封止機械に装着して使用する。摩耗するため随時交換する必要がある)が自社製でないこと、及びそれに付された番号がQ社へ転籍した者しか知らない番号であったことから、同金型がQ社製の物であると判断した。仮に、X社製の既納金型の現物が納入先からQ社に製造のための見本として提示されたとしても、精密部品である金型の製作上の寸法公差が不明であるから、再現製造は不可能である。これとは別に、X社は自社製金型とよく似た金型のQ社の図面が存在することを外部からの情報で知るところとなった。これらによりX社は設計資料がQ社へ漏出したとの疑念を持った。
 設計資料は膨大な既製作品の製作図面が中心であり、図面とそのCADの電子データは然るべき管理基準の下に保管されていた。X社からQ社へ移った者の一部はこの設計資料にアクセスする権限を有していた。

 訴訟の準備
X社が入手した十余枚のQ社の製作図の分析が弁理士によって行われた。分析はQ社図面と、これに描かれた金型部品に対応するX社部品の製作図面である。
 対比してみると、両社図面の部品名、使用材料は一致している。縦、横、高さの主要寸法の一致は当然である。種々の目的で開設された孔の形、数、配置は寸法、位置も含めて完全に一致する図面も有れば、孔の形、数、孔径は一致するが、配置が相異する図面もあるなど様々である。孔径及び孔中心間距離などの重要寸法の公差は一致している。つまり、端的に言って、一部を除き両社の図面はよく似ているのである。しかしこれらの一致点又は類似点は、X社の既納金型が発注者からQ社へ提示されている場合には当然にあり得ることである。製造公差は金型の現物があっても分からないが、設計者が元X社の社員であれば記憶していたと言うこともあり得る。従って上述のような類似性は設計資料の不正取得の明白な証拠とはなり得ない。いずれにしても製品仕様に拘束される設計事項は必然的に一致するか、そうでないとしても、設計者の技能習得履歴が共通し、同種製品を設計する場合には偶然に一致する可能性は極めて高いのである。
 そのような状況下で弁理士の精査により、両社の図面中に製図技法上の不自然な表記の一致が見いだされ、また、設計者の裁量事項でありながら一致している表記が見いだされたのである。それが図1〜3に例示したものなのである。
 図1に示す▽は仕上げ記号と称する。この記号は表面(ここでは二重円で示されるタップ孔−ねじを切った孔−の内面)の仕上げ状態を表し、1つから3つまでの段階があり、多いほど滑らかな仕上げを意味する。ところで
a) 一般的にはタップ孔に仕上げ記号を記載することはない。
b) 図面の情報記入欄に図面にある製作対象全体としての仕上げ記号を記載している(対比した図面では▽▽)場合において、それと同レベルの仕上げをする部分に殊更にその仕上げ記号(この図面では▽▽)を記載することは一般には行われない。
という製図技法上の常識がある。ところが対比したX,Q両社の図面はともにこの2つの常識に従っていない。これはQ社の図面がX社のCADデータを流用して作成した事実を示唆するものである。
 図2に示す記号Aは図示の円(孔)の周りの断面図を別の図面(当該別の図面に現れる孔の近くにも同じAの記号が付される)に示したことを表す。対比した図面は左右2箇所の円に記号Aが記されていたが、 右孔の左肩(図2)、左孔の右肩に各記載されている点、及び孔と記号Aとの離隔寸法が左右の孔で相違する点がX,Q両社の図面ともに見られた。これもQ社の図面がX社のCADデータを流用して作成した事実を示唆するものである。
 図3に示すドイツ製乗用車のエンブレムのような記号は何か?
 多種類の孔が多数形成される部品がある。そのため当該部品の図面は孔の位置にシンボルを記載し、各孔のの寸法及び種類などの情報を余白にシンボルと共に記載して図面の錯綜を避ける。対比した両社の図面では一般的に使用されることがない図3の如き1/4円ごとの白黒塗り分け円を用いていた。
 このような事実を多数積み上げて、Q社の図面はX社の図面(データ)を基にして作成したものである、という結論の鑑定意見書が弁理士によって作成された。該鑑定意見書を含む多数の証拠とともにX社はQ社の工場に対する証拠保全決定の申立をし、申立は認められたが、Q社は検証及び提示命令を拒否した。

 訴 訟
 このような経緯を経て、X及びQの両社から以下の3件の訴えが提起された。審理は併合された。
 甲事件本訴:
  債務不存在確認請求事件(原告Q→被告X)
 甲事件反訴:
  不正競争防止法に基づく差止等請求事件(原告X→被告Q)
 乙事件:
  不正競争行為に基づく損害賠償請求事件(原告X→被告P他2名)

 各事件の請求の主なもの及び各事件の概要はは以下の通りである。なお、甲事件本訴の原告はQ、被告はXであるが、併合した他の事件に合わせてXを原告、Qを被告としている。
(甲事件本訴)
請求 被告Qは,原告Xに対し、別紙物件目録記載の半導体全自動封止機械装置の製造又は販売を中止する義務を負っていないことを確認する。
概要 本件は、半導体全自動封止機械装置及び半導体封止用金型(以下「封止用金型」という。)に関する原告X保有の営業秘密を被告Qが不正取得又は不正使用したと主張して、原告Xが、被告Qに対し、不正競争防止法に基づく差止請求及び損害賠償請求をする意志を明らかにしているとして、被告Qが、原告Xに対し、同債務不存在の確認などを請求した事案である。
(甲事件反訴)
請求 被告Qは,別紙物件目録記載の半導体全自動封止機械装置及び半導体封止用金型を製造し、販売し、若しくは頒布し、又は第三者をして製造させ、販売させ、若しくは頒布させてはならない。
概要 本件は、被告Qが、半導体全自動封止機械装置及び封止用金型などに関する原告X保有の営業秘密について、不正取得されたものであることを知りつつその開示を受けてこれを取得・使用し、原告Xの営業上の利益を侵害し、その更なる侵害のおそれがあるとして、原告Xが、被告Qに対し、不正競争防止法2条1項5号、3条及び4条に基づき、被告Qの不正競争行為に関する差止請求及び損害賠償請求をした事案である。
(乙事件)
請求 被告Pほか2名は、各自連帯して、原告Xに対し、金☆☆円及び内金☆円については平成○年○月○日から支払済みまで、内金★円については平成●年●月●日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
概要 本件は、被告Pほか2名が、共謀の上、半導体全自動封止機械装置及び封止用金型などに関する原告X保有の営業秘密を原告Xから被告Qへ転職した従業員をして不正取得し、被告Qに開示して原告Xの営業上の利益を侵害したとして、原告Xが、被告Pらに対し、不正競争防止法2条1項4号及び4条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

 判決の主文(一部)は以下の通りである。
◇ 被告Qは、別紙営業秘密目録記載の営業秘密を使用した別紙物件目録記載の半導体全自動封止機械装置及び半導体封止用金型を製造し、販売し、若しくは頒布し、又は第三者をして製造させ、販売させ、若しくは頒布させてはならない。
◇ 被告Qは、別紙営業秘密目録記載の設計図又は同設計図の電子データを使用して、半導体全自動封止機械装置及び半導体封止用金型を製造し、販売し、若しくは頒布し、又は第三者をして製造させ、販売させ、若しくは頒布させてはならない。
◇ 被告Qは、別紙営業秘密目録記載の設計図又は同設計図の電子データを使用して製造した半導体全自動封止機械装置及び半導体封止用金型を廃棄せよ。
◇ 被告Qは、別紙営業秘密目録記載の営業秘密を使用した別紙物件目録記載の半導体全自動封止機械装置半導体封止用金型を廃棄せよ。
◇ 被告Qは、別紙営業秘密目録記載の設計図及び同設計図の電子データを使用してはならない。
◇ 被告Qは、別紙営業秘密目録記載の設計図並びに同設計図の電子データが含まれたハードディスク、DAT(磁気)テープ、3.5インチフロッピーディスク及び8インチカートリッジ(磁気)テープその他一切の外部記憶装置を廃棄せよ。
◇ 被告Qは、前項の設計図又は前項の設計図の電子データを使用して作成した設計図並びに同設計図の電子データが含まれたハードディスク、DAT(磁気)テープ、3.5インチフロッピーディスク及び8インチカートリッジ(磁気)テープその他一切の外部記憶装置を廃棄せよ。

 ここには引用しないが、営業秘密目録記載のもの(原告Xの設計資料)を使用しない被告Qの封止機械及び金型などについては、被告Qは原告Xに対し、製造、販売の中止、並びに設計図面の仕様及び複製の中止の義務を負わないとされた。これらは被告Qによる独自設計のものであると認定されたからである。
 また被告Q社及びPには損害賠償が命じられた。

 補佐人として
 証拠保全決定に有効であったと思われる鑑定意見書は訴訟でも証拠として提出された。そして、4時間を超える技術説明会(準備手続きの形式で非公開、代理人・補佐人・当事者が参加、説明のみ)の中で、弁理士はQ社の図面についての解説を行った。本件訴訟は膨大な量の設計資料が営業秘密に当たるかどうかについての審理に多くの時間が割かれた。その前提として、Q社の図面がX社の図面又は設計資料に基づいて作成されたという事実が認定されたのであり、この点で弁理士の技術的知識、分析力乃至判断力が大きく貢献したものと言えるであろう。
 冒頭に記載したように弁理士が訴訟で関与できる分野が増加した。弁理士は背景に様々な自然科学の履修歴と、実務的工業知識とを有している。これを利用しない手はない。特許訴訟だけではなく、ここに紹介した不正競争防止法などの技術が関連する種々の訴訟でのパートナーとして声をかけて頂きたいと考えている。

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