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KSR最高裁判決後自明性の判断は変わったか?(3)

〜組み合わせ自明に関する教科書的事例〜

Agrizap, Inc.,
Plaintiff-Cross Appellant,
v.
Woodstream Corp.,
Defendant-Appellant.

執筆者 弁理士 河野英仁
2008年5月20日

1.概要
 KSR最高裁判決*1においては、TSMテスト*2を前提とする厳格ルールから、一般常識を含め発明が関連する技術分野において、公知の事項及び先行特許で言及されたあらゆる必要性または問題が組み合わせのための根拠となるフレキシブルアプローチへと自明性の判断が変更された。

 またKSR最高裁判決においては、異なる先行技術の組み合わせに関し、
「予期できない効果を奏し得ない限り、公知の方法に関連するありふれた要素の組み合わせは、自明である。」
と判示された。

 本事件では、ネズミ等の小動物を感電死させる駆除装置の自明性が問題となった。特許に係る駆除装置は、電気的なスイッチ(resistive switch)により作動する点で、機械的なスイッチにより作動する先行技術とは相違する。しかしながら、他の先行技術には電気的なスイッチが開示されていた。

 CAFCは、これらの先行技術文献を組み合わせることは当業者にとって自明であり、特許は無効であると判断した。CAFCは、本事件が公知の要素の組み合わせにより、自明と判断される教科書的事例(Textbook Case)であると判示した。

2.背景
 Agrizap(以下、原告)はU.S. Patent No. 5,949,636(以下、636特許*3)の特許権者である。636特許はネズミ等の小動物を感電死させる駆除装置である。図1は駆除装置の構成を示す斜視図である。図2はスイッチの断面構造を示す断面図である。
駆除装置の構成を示す斜視図
図1 駆除装置の構成を示す斜視図


スイッチの断面構造を示す断面図
図2 スイッチの断面構造を示す断面図

 駆除装置は高電圧発生器、タイマ及びスイッチモジュール等を備える本体1、ケーブル150,151、スイッチ100及び接地棒90等により構成される。スイッチ100の上面にはアルミニウム等の導通性板94が取り付けられている。小動物が導通性板94に触れた場合、スイッチモジュールは抵抗値の変化を検出する。

 スイッチモジュールは抵抗値の変化を検出した場合、トリガ信号をタイマへ出力する。タイマはアクティブ信号を高電圧発生器へ出力し、高電圧発生器は高電圧を導通性板94に供給する。これにより導通性板94に触れた小動物は感電死することになる。タイマは一定期間経過後、高電圧発生器へオフ信号を出力する。

 Woodstream(以下、被告)は、各種ねずみ取り装置を全米で販売する業者である。原告と被告との間の本特許に係る契約関係のもつれから、原告は被告を特許権侵害であるとしてペンシルベニア州連邦地方裁判所に訴えた。

3.CAFCでの争点
組み合わせが自明といえるか?
 本件特許の出願日の1年以上前に権利者自身が販売していた駆除装置”Gopher Zapper”(対応U.S. Patent No.5,269,091)が主引例(以下、先行技術1という)となった。先行技術1の内容は以下のとおりである。図3は先行技術1の組み立て構造を示す斜視図であり、図4はスイッチの断面構造を示す断面図である。

先行技術1の組み立て構造を示す斜視図

図3 先行技術1の組み立て構造を示す斜視図


スイッチの断面構造を示す断面図
図4 スイッチの断面構造を示す断面図

 矩形状の導電性板15は小動物の重みにより上下方向へ移動する。導電性板15の下側には電極20,21が対向して配置されている。電極20,21は通常鉛直方向に離間しているが、小動物の重みにより導電性板15が上側の電極20を鉛直方向に向けて押すことになる。これにより、電極20,21が接触し、本件特許と同様に導電性板15に高電圧が印加されることになる。

 すなわち、先行技術1は、機械的なスイッチにより高電圧発生器を作動させる。その一方で、636特許は電気的なスイッチにより高電圧発生器を作動させる。それ以外の構成は同一である。
 その他の先行技術は以下の2つである。
先行技術2 U.S. Patent No.4,048,746(以下、Dye特許)
先行技術3 U.S. Patent No.4,200,809(以下、Madsen特許)

 Dye特許はネズミ等の小動物を駆除するための装置を開示している。図5はDye特許の装置概要を示す説明図である。小動物32が2つの分離した接触点13,14に触れた場合に、小動物が抵抗となって内部回路が高電圧発生器を作動させ、接触点13,14に高電圧が供給される。

Dye特許の装置概要を示す説明図
図5 Dye特許の装置概要を示す説明図

 Madsen特許は、小動物を対象とするものではないが、2つの電極が露出した牛追い棒を開示している。

 主引例である先行技術文献1に、Dye特許またはMadsen特許を組み合わせて、636特許の構成とすることが、自明か否かが争点となった。

4.CAFCの判断
予期できる効果以上のものでない限り、公知の方法に関連するありふれた要素の組み合わせは、自明である。
 先行技術1と636特許とは、高電圧発生器を起動するためのスイッチの形式が相違するにすぎない。636特許は、先行技術1に採用された機械的な圧力スイッチを単に電気的なスイッチに置き換えたものである。

 Dye特許及びMadsen特許に記載されているように、高電圧発生器を動作させるためのスイッチとして動物の体を使用することは公知の技術である。

 また、636特許と同じく、Dye特許及びMadsen特許中には、機械的スイッチが埃及び湿気等により誤作動する問題があることから、電気的なスイッチを採用するとの記載もあった。

 原告は本件特許に係る駆除装置の商業的成功、及び、当該駆除装置分野における長期間未解決であった必要性(long felt need)等の2次的考察に係る証拠を提出した。

 しかしながら、CAFCはこれらの2次的考察に係る証拠を考慮したとしても、先行技術1及びDye特許等の存在、及び、636特許が先行技術に対して予期せぬ効果を奏するともいえないことから、強力な一応の自明性(prima facie case of obviousness)を覆すことはできないと判示した。


5.結論
 CAFCは、自明であるとの被告側主張を否定した地裁の判決を取り消した。

6.コメント
 CAFCは、本事件は組み合わせによる自明性判断に関する教科書的事例であると述べている。一の先行技術中に、クレーム構成要件の一部が開示されていないが、当該開示されていない構成要件が他の先行技術中に記載されている場合がある。

 KSR最高裁においては、厳格なTSMテストに拘泥すべきではなく、「予期できる効果以上のものでない限り、公知の方法に関連するありふれた要素の組み合わせは、自明である。」と判示された。本事件においては当該判示事項に従い、自明であると判断された。クレームの内容、及び、先行技術の内容は事件毎に相違し画一的な判断は困難であるが、典型的な事例であるとして参考になる判決である。

7.KSR最高裁判決後の自明性に関するガイドライン
 KSR最高裁判決後、米国特許商標庁は自明性に関するガイドライン*4を公表している。ガイドラインの概要は以下のとおりである。

(1)Graham Factor
 自明か否かの判断においては、Graham最高裁判決*5において判示された下記事項をまず検討する。
(a)「先行技術の範囲及び内容を決定する」
(b)「先行技術とクレーム発明との相違点を確定する」
(c)「当業者レベルを決定する」
(d)「2次的考察を評価する」(例:商業的成功、長期間未解決であった必要性、他人の失敗等)

(2)審査官による理由付け
 これらを総合的に考慮して当業者にとって自明と判断した場合、出願を拒絶するが、そのためには審査官は、明確な理由付けが必要となる。

ガイドラインにはその理由付け例として以下の7つの例を挙げている。
第1:予期できる結果を奏するために、公知の方法に従い先行技術を組み合わせたにすぎない
第2:予期できる効果を得るために、単に公知の要素に置換したにすぎない
第3:同様の方法で、類似の装置(方法または製品)を改良するために公知の技術を用いたにすぎない
第4:予期できる効果を奏するために、改良可能な公知の装置(方法または製品)に公知の技術を適用したにすぎない
第5:自明の試み(obvious to try)にすぎない。つまり、成功の合理的期待をもって、有限の予期できる解決法の中から選択したにすぎない
第6:デザインインセンティブまたは他の市場圧力を受けて、努力傾注分野における公知の作業により派生したものにすぎない。ただし、その派生が当業者にとって予期できることが条件である。
第7:先行技術中に変形または組み合わせのための教示、示唆または動機付けが存在する

(3)出願人による反論
 ここで問題となるのは出願人側での反論事項である。米国特許法第103条(a)の拒絶理由を受けた場合、今度は出願人側が自明でないことを立証する責を負う。

(A)有効でない反論
「審査官は、一応の自明(prima facie case)を立証していない。」
「審査官は一般常識と述べているが、具体的な書面による証拠をもって立証するものではない。」
ガイドラインにおいては、これらの反論をしたとしても、有効ではなく同様の理由によりFinalオフィスアクションを通知すると述べている。

(B)有効な反論・対策
組み合わせ容易と判断された場合、以下の反論を行う。

(i)先行技術の認定の誤り
 まず審査官が挙げた先行技術が妥当なものであるかを検討する必要がある。審査官がクレームの構成要件とは全く相違する先行技術を挙げる場合もあり、この場合、Graham factor(b)「先行技術とクレーム発明との相違点確定」に誤りがある点を反論する。

(ii)補正による構成要件の追加
 (i)において認定が妥当と思われる場合、先行技術中に存在しない構成要件を追加する減縮補正を検討する。先行技術に存在しない構成要件を追加する補正を行うことが最も有効な対策である。

(iii)予期できない効果を主張する
 クレームにより予期できない効果が生じることを主張する。ただし、一般的なメリット、例えば小型化達成、信頼性の増加、操作が簡易となる、及び、コスト低減等の主張は認められにくい傾向にある*6

(iv) Graham factor (d)2次的考察を主張する
 例えばクレームに係る製品の商業的成功、長期間未解決であった必要性、他人の失敗等を主張する。

(v)当業者が組み合わすことができない点を主張する
 公知の方法では、当業者が組み合わせることができないことを主張する。これは例えば組み合わせることに技術的困難性がある等の阻害要因(Teach away)*7を主張する。

(vi)組み合わせたとしても同様の効果を奏し得ない点を主張する
 先行技術中の各技術を単に組み合わせたとしても、クレームが奏する効果を奏し得ない点を主張する。

判決 2008年3月28日
以 上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/07-1415.pdf

【注釈】
*1 KSR Int’l Co. v. Teleflex, Inc., 127 S. Ct. 1727, 1742 (2007)、550 U.S. _, 82 USPQ2d 1385 (2007)
詳細は
http://www.knpt.com/contents/cafc/2007.05/2007.05.htm
参照。
*2 TSMテスト:教示(teaching)-示唆(suggestion)-動機(motivation)テストの略である。先行技術の記載に重きを置き、ここに当業者がこれらを組み合わせるための教示、示唆または動機が存在する場合に、自明であると判断する手法である。Al-Site Corp. v. VSI Int’l, Inc., 174 F. 3d 1308, 1323 (CA Fed. 1999)。なお、TSMテスト自体は依然として有効である。
*3 636特許のクレーム16は以下のとおり。
16. An apparatus for electrocuting pests, said apparatus comprising:
a) a mechanical portion comprising:
 i) a high voltage electrode; and
 ii) a reference electrode electrically isolated from said high voltage electrode; and
b) an electronic portion comprising:
 i) a resistive switch coupled between said high voltage electrode and said reference electrode, said resistive switch further comprising a trigger circuit having a trigger output and an arm/disarm input;
 ii) a high voltage and current generator having a high voltage and current output coupled between said high voltage electrode and said reference electrode, and a control input by which operation of said generator is activated;
 iii) a timing module having an input coupled to said trigger output of said resistive switch, a control output coupled to said generator control input and an arm/disarm output coupled to said arm/disarm input of said resistive switch; and
 iv) wherein said resistive switch activates said timer with an active level on said trigger output when said resistive switch is armed by said timing module and one of said pests is in contact with said high voltage electrode and said reference electrode, said timing module turning on said generator with a continuous active level on said control output for a predetermined time period; and wherein said timing module disarms said trigger circuit of said resisitve switch upon said activation of said timer module until said timing module is reset.
*4 ガイドラインはUSPTOのWebサイトからダウンロードすることができる。
http://www.uspto.gov/web/offices/com/speeches/07-43.htm
http://www.uspto.gov/web/offices/com/sol/notices/72fr57526.pdf
*5 Graham v. John Deere Co., 383 U.S. 1(1966)
*6 Leapfrog Enterprises, Inc., v.Fisher-Price, INC. et al., _ F.3d _(Fed. Cir. 2007)
詳細は
http://www.knpt.com/contents/cafc/2007.07/2007.07.html
を参照されたい。
*7 In Re Icon Health and Fitness, INC., 2006-1573(Reexamination No. 90/005,117)
詳細は
http://www.knpt.com/contents/cafc/2007.1019/2007.1019.html
を参照されたい。

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