2.ソフトウエア関連発明の技術的範囲の解釈に関する問題

 2.1 「クレーム」における文言解釈の問題

 ソフトウエア関連発明に関して、クレームの文言を解釈するにあたり、特に 問題となりそうな点を挙げる。

 2.1.1 「手段」「回路」「部」「装置」「器」等を用いて表現されたクレー ム要素の解釈

@「…手段」の解釈
 「手段」は、クレーム要素を特定の物で規定せずに、その機能で規定する場 合に頻繁に用いられている。特に、ソフトウエア関連発明では、プログラムの機 能を「…(機能)…する○○手段」と記載することが実務で定着している。 「 …手段」というクレーム要素を記載する際には、特定のハードウエア、ソフトウ エアに限らず、同じ機能を実現するものを広くカバーすることを期待していると 思われる。
 ところで、ソフトウエア特許に関して、機能的に表現されたクレーム要素が 、どのような範囲までをカバーしているのかが問題となった判例は、日本では見 あたらなかった。ソフトウエア以外の技術分野においては、これに関し若干の判 決例が存在する。これら判決には、実施態様を参酌してクレーム要素を狭く解釈 した判決例も多く含まれている。(注1)この背景には、クレームの記載が不明 瞭であったり、クレームの範囲に従来技術を含んでいたりする等の状況が存する とはいえ、かかる判決例の傾向を考慮して明細書を作成しておくべきであろう。 すなわち、「…手段」という要素が限定的に解釈されるような場合にも、なるべ く広く解釈されるように実施態様を記載しておくべきである。
 現実に問題となるのは、実施態様では「…手段」がソフトウエアで実現され ており、イ号ではこれがハードウエア回路で実現されている場合である。これと は逆に、特許発明の実施態様には「…手段」があハードウエア回路で実現されて おり、イ号ではそれがソフトウエアで実現されている場合も同様である。このよ うな場合には、クレームの「…手段」が実施態様に限定されて解釈され、イ号が 権利範囲外であると判断される可能性もある。
 このような問題に対処するために、実施態様としては、「…手段」を実現す るソフトウエアだけでなく、それと等価なハードウエアを図面化して開示してお くのも一方法であると考えられる。こうしておけば、この等価ブロック図と近い 構成を有するハードウエア回路も、クレームの「…手段」で確実にカバーできる であろう。また、「…手段」を要素とするクレームは、機能的なクレームとなる ので、その外延を示すような複数の実施形態を記載しておくのも効果的であろう 。
A「回路」「部」「装置」「器」等を用いて表現されたクレーム要素の解釈
 「…(機能表現)…する○○回路」というクレーム要素が問題となるのは、 特許発明およびの実施態様がハードウエア回路であり、イ号がその機能をソフト ウエアで実現している場合である。このような場合に該当する判決例として、写 真植字機事件(東地判平元 .2.27)がある。
 この事件にかかる特許の請求項1はつぎのとおりである。
『文字の印字方向およびその逆方向のいずれへもトラベル系あるいは感材ドラ ム等の移動体を移動しうるように構成した写真植字機において、
 文字盤枠の固定信号を左付き又は上付き文字盤の使用信号、及び移動体を印 字方向と逆方向に移動させる旨の信号を受けたとき、印字文字の文字幅情報とレ ンズ情報等をもとに印字文字の文字幅あるいは前記移動体を移動させるべき量を 計算し、採字、移動体の移動、露光というシーケンスの動作をさせる制御回路を 有した写真植字機。』
この特許発明の実施例においては、制御回路がブロック図で描かれており、ハ ードウエア回路で実現されていることが明らかに読みとれる。一方、イ号は、上 記の「制御回路」の機能をマイクロコンピュータで実現しているものであった。
 判決は、イ号装置におけるCPUおよびプログラムによって達成される機能 と、クレームの「制御回路」の有する機能とを比較し、イ号装置が侵害であると している。ただし、この訴訟における主な争点は「文字盤枠の固定信号」の意味 に関するものであった。クレームされた「制御回路」と同じ機能を、マイクロコ ンピュータを用いてプログラムにより達成した場合、当該マイクロコンピュータ が特許発明の「制御回路」に該当するといえるか否かについては、争われていな い。しかしながら、マイクロコンピュータは制御回路または演算回路として使用 され、マイクロコンピュータを搭載した回路を制御回路または演算回路と呼ぶこ とが普通の態様であると考えられる。したがって、仮に、被告がこれと争ったと しても、判決が変わったとは考えにくい。
 この例のように、「制御回路」や「演算回路」と記載されているクレーム要 素を、イ号がソフトウエアによって実現したとしても、それが特許発明の技術的 範囲に含まれると解釈される場合が多いと思われる。
 ただし、これ以外の「…回路」というクレーム要素、例えば上述の制御回路 をそれが行う複数の機能に分割して「…する送り制御回路と、…する露光制御回 路と、…送る演算回路と、…」などの表現で書かれていた場合、これらの「…回 路」がイ号においてソフトウエアで実現されている場合には、イ号が特許発明の 技術的範囲に含まれないと解釈される可能性もあるだろう。
 「…器」「…部」「…装置」等他のクレーム要素についても、「…回路」と ほぼ同様な問題があると考えられる。

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